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合気道/初歩的な技/大東流合気柔術との相違点/柔道との交流/ハプキドー/主な会派/関連記事/外部リンク
2007/08/24 日記<合気道>
合気道
合気道(あいきどう)は、日本古来の柔術・剣術をもとに植芝盛平(1883年 - 1969年)によって創始された武道(護身術)である。植芝は幼少より武術の修行に勤しみ、起倒流柔術(きとうりゅうじゅうじゅつ)・柳生心眼流柔術(やぎゅうしんがんりゅうじゅうじゅつ)を修めた後、1915年、大東流合気柔術宗家武田惣角(1860年 - 1943年)に入門、1922年教授代理を許された。以後、独自の修行を続け、1942年合気道の名称を用いる。戦後、一般に普及され、知られるようになる。植芝盛平が創始した(財)合気会は二代目道主植芝吉祥丸へと受け継がれ、現在の道主は植芝守央。植芝盛平のもとで修行した弟子達は、のちに独立しいくつか流派を形成している。(財)合気会以外の流派として、養神館合気道、氣の研究会(心身統一合氣道)、日本合気道協会(富木流)等がある。技は、体術・武器術(剣・杖)を含み、対多人数の場合も想定した総合武術である。その為、戦時中は旧陸軍中野学校や旧海軍大学校などでも科目として取り入られ、植芝盛平が教授を行っていた。戦後も、自衛隊の徒手格闘術や警察の逮捕術の技術に大きな影響を及ぼし、機動隊や警察特殊部隊などでも研修が行われている。体術の基本は関節技であるが、上達すると、各種の多彩な投げ技・極め技を身につけることができる。また体捌きを有効に使うことにより技の効力がさらに向上する。開祖の言葉に実戦について「合気道は、当身が七分で逆・投げ三分」と言われている。他武道に比べ、精神性が重視され、精神的な境地(合気)が技に反映される。この点が合気道の最大の特徴といえる。また戦前、植芝盛平は大本教の出口王仁三郎や玄洋社の頭山満とも親交があり宗教・政治との結びつきも強い。その為、玄洋社出身でヨガを日本に持ち込んだ中村天風の影響を受けた合気道師範も多い。原則的に型稽古中心であり,柔道のような乱取りはおこなわない。ただし柔道とも関係の強い日本合気道協会のみ乱取り稽古を取り入れている。
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